らふえる訪看ICT活用日記

訪問看護業務ICT化について日々の実践から綴ります。

コロナ対策として直行・直帰を始めるためのノウハウ①

新型コロナウイルス感染症が拡大する中で、職員同士の接触を少なくするために、直行・直帰にしたいがどうすればいいのかというお問い合わせが、いくつかありましたた。そこで緊急対策として直行・直帰をお考えのステーション管理者のために、いくつかのノウハウをお伝えしたいと思います。

らふえる訪問看護ステーションでは、数年にわたり直行・直帰という働き方を模索してきました。この働き方はメリットもデメリットもあり、単に自宅から仕事に行けばいいという考えでは上手くいきません。

けれども、新型コロナウイルス感染拡大のために多くの職場で在宅勤務となっている現状で、訪問看護ステーションが直行・直帰を取り入れるのは、利用者を守る手段として取り組む価値があると思います。

直行・直帰は朝、職場に出勤しなくてもいいし、仕事が終わったら家に帰るので、ライフワークバランスがとれる夢のような働き方と思われていますが、実際は大変ストレスフルな働き方でもあります。コロナ対策のために急に直行・直帰にした場合、職員にはさまざまなストレスが生じることを管理者は予測しなければなりません。

訪問看護という仕事は、一人で利用者宅に赴きケアを提供するので、とても孤独な仕事です。しかし朝仲間とミーティングし、仕事が終わったら報告し合うことで、不安も解消します。直行・直帰だと顔を合わせるコミュニケーションが希薄になり、ちょっとした失敗が自信を失うことにつながりかねません。

直行・直帰を円滑に進めるためには、あらゆるコミュニケーション手段を使う工夫が必要です。(つづく)

 

 

新型コロナウイルス感染症拡大に直行・直帰という働き方で利用者と職員を守る!

しばらくブログをサボっていましたが再開します。

さて、書込みをしなかった2ヶ月の間に世界中がこんなに変わってしまうなんて思いもよりませんでした。新型コロナウイルス感染症の報道を見ていると、社会のシステムが崩壊していくようで不安になります。

 

この嵐の中で、訪問看護ステーションも戦わねばなりません。

らふえる訪問看護ステーションでは、ICTを導入してきましたが、今その効果が発揮できています。

普段から直行・直帰で仕事をしていますが、2月以降、職員がステーションに立ち寄るのは必要最小限にするようにしています。

訪問看護師はどこでウィルスに遭遇するかわからず、また利用者は重症化リスクの高い高齢者ばかり・・・。

直行・直帰の徹底により、職員間の濃厚接触機会を減らすことは、利用者を守ることにもつながります。

スケジュール管理はTELESA、情報交換はMCSを活用しているので、今までと変わりなく業務が出来ています。

 

過去の歴史を見ると感染症まん延が社会のシステムを変えたという事実があります。

学校が休みになったためインターネットで子供たちが授業をうけたり、在宅勤務のためネット会議が開かれたり、世の中でICTが活用され浸透しています。医療現場でも遠隔医療を、現実的課題として考える時が来ているのではないでしょうか。

感染症により人々が物理的距離を置かなくてはならないことは、とても不幸なことだと思いますが、距離を置きながらもしっかりつながるシステムをICTは提供しているのだと思います。

1月のふれあい茶屋笑み気分

1月24日のふれあい茶屋笑み気分では書初めをしました。

講師は若いころ書道の先生をしていたKさん。

Kさんは書道だけでなく茶道、華道、着付けとなんでも得意だったのですが、認知症が進行し、講師を引退していました。認知症カフェで講師を務めることで笑顔を取り戻すことができました。

 

 

らふえるの基本理念「喜・自・知・支」

 

 

質の高い実践ができる看護師・理学療法士を育成するために、らふえる訪問看護ステーションは基本理念として4つのキーワード「喜・自・知・支」を掲げています。これに当てはめると、らふえるが求める人材像が明確になります。ちなみに「ki・ji・chi・shi」のiを強調して発音すると笑顔になります。

 

 喜:喜びをもって仕事に取り組み仕事を楽しむ余裕がある。

 自:自立(自律)心があり自分を大切にして心身の自己コントロールができる。

 知:いつも好奇心、探求心が旺盛で知的向上心がある。

 支:他者を支えることで自らの役割を知り同時に支えられていることに気づく。

 

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 らふえる訪問看護ステーションが求める職員像を要約すると、自立心と知的向上心があり協調性があって仕事を楽しむ余裕を持っているということになります。中でも私が最も重視しているのは「自」です。訪問看護のプロフェショナルとして自信を持ち自立してほしいと日頃から職員には伝えています。

 

満足という花を咲かせる看護師の力

 医師は診療によって「人を生かす」仕事をしています。よって診療の質は「治癒率」という指標で測ることができます。

 一方、看護を一言で言うと「人が生きることを看る」仕事だと思います。そうなると看護の質は、その人がより良く生きることができている(できた)という満足度が評価の重要な要素となります。

 知識が豊富であること、看護技術が優れていることは看護師としては当然のことであり、このことだけで質の高い看護が提供できているとは思いません。看護の「看」は手+目で成り立つ漢字です。手(技術)だけではだめで、人々の生活全般を見る目が必要です。

 訪問看護の利用者は人それぞれに問題を抱え、看護サービスの内容も多様です。また利用者の考え方も生活環境や過ごしてきた人生によって異なります。これらの多様性に柔軟に対応できる看護師が「人が生きること」を看ることができるのであり、利用者の満足を引き出していると思われます。

 人々の生活の場に介入する訪問看護ほど看護師個々の力量が試される職場はないのではと思います。私は「看護の質=看護師の質」であり、訪問看護のプロフェッショナルを育成する運営が訪問看護事業の成功のカギを握ると考えています。

 それでは管理者が職員の質を向上させるためにすべきことは何でしょう。研修をたくさん受けさせることでしょうか? 困難事例をたくさん経験させることでしょうか? 

 成長する可能性のある職員は、他者からお膳立てされなくても自らの力で成長すると、私は考えています。ゆえに「自」を最も重視するのです。管理者がするべきことは、自ら成長できる職場環境を整えることだと考えています。良く耕された畑に種をまいたら、後は成長を待てばいいのです。

 らふえる訪問看護ステーションは「直行・直帰」と「チームナーシング制」という畑を作ってみました。着実に芽が出て育ち「満足」という花が咲き「信頼」「安心」という果実が実り始めています。

訪問看護の「質」とは?---そこを目指すプロセスが大事

「看護の質」とはこういうことだと説明できますか? 

 そもそも看護の質を斯々然々だと具体的に説明できる人はどの位いるのでしょうか? ひとつ言えることは、看護の質は看護が実践される現場の特性に応じて多様であるということです。

 前のブログに訪問看護事業は「看護の質を追い求めるビジネス」であると書きました。追い求めるからには具体的な目標や目標達成レベルの評価基準が必要となってきます。

 これは看護協会や数ある看護学会が決めるものではなく(指針として示していただいていますので誤解ないように)、それぞれの看護の分野や職場で目指すべき「看護の質」を模索しなければならないし、そのプロセスこそが看護の質を高めることにつながるのではないかと思います。つまり訪問看護の質は、それぞれのステーションの管理者および職員がこれこそが自分たちが目指す看護だと、全員で納得、同意して、日々そこに向かってがんばろう!というプロセスにかかっていると思います。管理者は紙に書いた餅で終わらないように、職員全員ががんばれる環境を作る役割があると思います。

訪問看護というビジネスは「質」で勝負

訪問看護という仕事はボランティア活動ではありません。看護が好きだからという理由だけではできませんが、それを実現させるために訪問看護をビジネスという視点で捉えてみようと思います。

 ビジネスとは消費者に商品またはサービスを提供して、その対価を受け取る営みです。訪問看護で提供するのは看護サービスです。提供される消費者は在宅の療養者(利用者)です。

 一般的なビジネスの世界では販売しようとする商品に「いくら位なら売れるかな」と、自分たちで値段をつけます。訪問看護では国が値段を決めていますので、利用者は提供された看護サービスに対し、介護保険医療保険で定められた金額の自己負担分を支払います。

 さらに訪問看護は限られた時間内で主治医の訪問看護指示書と(介護保険の場合は)ケアマネが立案するケアプランに従って看護を提供するので、実施する内容もそこから大幅に逸脱することができません。一方で看護師がベテランでも新米でも料金に差額はつきません。

しかし訪問看護がビジネスである限り、利用者が支払った金額に見合うサービスを受けていると満足していただく必要があります。満足を得るために他のサービス業のように追加サービスキャンペーンというようなおまけをつけることはできません。

そうなると、訪問看護は質で勝負するしかないのです。つまり訪問看護は「看護の質」を常に追い求めるビジネスではないかと思います。